御朱印

尾鷲神社 ご朱印2012/09/23

尾鷲神社 御朱印

尾鷲神社 御朱印

こちらの尾鷲神社の御朱印も今年の初めにいただいたものです。

スサノオノミコトをお祀りしている神社。

樹齢1000年以上といわれている大きな「尾鷲神社大楠」があります。

2本寄り添う姿から「夫婦楠」と呼ばれているようです。

携帯でお写真たくさん撮ったのですが・・・間違えて消してしまったようです(泣)

参拝に行った日はあいにくの雨だったので、次回お天気の日に行って、立派な「夫婦楠」の写真を撮ってきたいと思います^^



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所在地:三重県尾鷲市北浦町12-5

アクセス:(電車)JR尾鷲駅から徒歩約20分 (車)紀勢道紀勢大内山ICから約50分

→御朱印帳専門店HollyHock(ホリーホック)

浅草寺の「ご朱印について」2012/09/21

浅草寺 御朱印帳の注意書き

浅草寺にて御朱印をいただいた際に「ご朱印について」という紙を挟んでありました。

やはり有名なお寺だけあってたくさんの方が朱印所に並んでおられます。

年間すごい数の方がご朱印をいただきに訪れているのでしょう。

「ご朱印について」というタイトルでありながらも、内容は苦言・・・注意書きのようなものです。

現代では写経、読経せずとも参拝の証としていただくことができる「御朱印」で、この注意書きをどう思うかは個人の感じ方だと思いますが、これを読んだ時にせめて心を込めてお参りだけはしなければと思いました。

「ご朱印について」

この頃、神社仏閣に参拝され「ご朱印」を受ける方が大変多くなっております。

これを「ご納経」とも言いますが、これは本来、お経を自分で書写して「お納め」することに始まっているものです。

ですから、昔は納経帳の右肩の所に「奉納大乗経典」と書かれておりました。現在は「奉拝」という文字となっています。

いつの頃か、この風習が簡略化されて、お経を納めなくとも参詣の証しとして「ご判」を頂くことになって今日に及んでおります。

そして各霊場を巡拝する「巡礼」信仰と結びついて盛んになりました。

それは観音三十三札所あるいは四国八十八ヶ所を巡礼し、その全部の霊場から「ご判」を頂くと、その功徳によって地獄には堕ちないばかりか、所願も成就するという古来の信仰に基づいておるものです。

このような視点から申しますと、お経を書写せず、なかにはお堂に入ってお参りもせず、只ご朱印だけを集めて歩くということでは、本来の尊い意義を無視してしまうことになるのです。

全く残念なことであります。

ですから少なくとも「般若心経」一巻ぐらいは写経なさるかご宝前で読誦なさるかして、それから「ご朱印」をお受けになるように願いたいものです。

【金龍山 浅草寺】

 

 

本居宣長ノ宮 ご朱印2012/09/18

本居宣長ノ宮 御朱印

本居宣長ノ宮(旧・本居神社) 御朱印

地元、松阪神社のお隣にあります。

私は最近まで「どこにあるんだろう?」と思っていたのですが、灯台下暗し・・・すぐ松阪神社のすぐ横に小道がありそちらからすぐでした(^_^;)

御朱印には桜の印、本居宣長が鈴が好きだったことから鈴の印、神社の印、そして本居宣長の歌の印を押していただけます。

本居宣長歌碑

歌は 「しきしまのやまとこころをひととははあさひににほふ山さくらはな」

手前左手には駅鈴形の石があります。

松阪鈴

本居宣長 拝殿

拝殿

本居宣長 絵馬

松阪神社からこちらの絵馬がかかっている前を通って本居宣長ノ宮へ。

■本居宣長(モトオリ・ノリナガ)
 
享保15年5月7日(1730.6.21)~享和元年9月29日(1801.11.5) 
18世紀最大の日本古典研究家。
伊勢国松坂(三重県松阪市)の人。
 
本居宣長は松阪が生んだ江戸期を代表する国学者です。著作「古事記伝」は宣長が三十五年かけて完成させた古事記の注釈書で、国学者の研究成果では最高峰とされています。
宣長は日本の歴史をふりかえり、日本人のアイデンティティを深く探求した人でした。「もののあはれ」という考え方は日本人固有の感性の発見として示唆に富むものであり、全くの独創です。それまで(江戸中期まで)漠然と習俗化していた土着信仰に正当な思想性を与えたのも宣長の大きな成果で、その影響は私たち現代人にも少なからず及んでいます。
八百万の神の前で常に謙虚であろうとする日本人の精神性にしっかりとした支柱を打ち立てた大思想人は、いま四五百の森に静かに祀られています。
 
■本居宣長ノ宮の由来
【主神】秋津彦美豆櫻根大人(本居宣長)
【相殿】神霊能真柱大人(平田篤胤)
 
本居宣長大人(鈴屋大人とも称される)は賀茂真渕大人を師と仰ぎ、畢生の古典古事記の研究でわが国体と古道を解明して、清明の大和心を恢弘し、民族精神の自覚を促す思想学説から語学、文学、史学等各方面の創建に富み、殊に国学に著しい社会的進展を与えました。この国学が明治維新改革の原動力となったと云っても過言ではありません。
尚、碩学鈴屋大人を神と祀る世論は早くからありましたが、明治初年、川口常文等之を主唱し実現するに至ってます。
 
~公式サイトより~
 

所在地:〒515-0073 三重県松阪市殿町1533−2

椿大神社(別宮)椿岸神社 ご朱印2012/09/13

椿岸神社 御朱印

椿岸神社 ご朱印

椿大神社のお隣に祀られています。

猿田彦大神の妻神・天之鈿女命が主祭神として祀られており、全国の天之鈿女命の総本宮でもあります。

天之宇受女命は、天孫降臨における猿田彦大神ととの出会いから「縁結びの神」の御霊験あらたかとされ、天の岩戸開きの際の神楽舞から「芸能祖神」「美の神」「獅子神化身」として、古くから信仰されている神様です。

恋愛成就、夫婦円満、良縁などのパワースポットとして有名な神社ということです。

お写真がなくて上手にご紹介できないのですが・・・

heart招福の玉…心に叶えたい願いを思いながら3回撫でると願いが叶う

heart紙招福臼…杵で臼を3回つくと,自分に良運がつく

heart瀧を撮影…カメラや携帯電話で撮影すると,恋愛運がUPする

heart椿恋みくじ…赤・白・ピンクの椿や巫女さんの形をしたお守りが入っていて恋のアドバイスが好評
 
heartしあわせ婚守 一期(イチゴ)一会…イチゴ形の縁結びお守り。(一生にただ一度の大切な出会いがありますようにという意味を込めて)
 
といわれているようです。
御朱印は本殿左の社務所にて、「椿大神社」と一緒にいただけます。
名古屋からお伊勢さんに行くまでにある神社です。
一宮でもある椿大神社、山のふもとにあり神聖な空気感がとても素晴らしいです。ぜひぜひお参り下さい^^

 


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所在地:〒512-1212 三重県四日市市智積町684

猿田彦大本宮 椿大神社 ご朱印2012/09/12

椿大神社御朱印

椿大神社は三重県は鈴鹿の入道ヶ岳のふもとにある伊勢国一宮神社です。

私の印象は交通安全の神様の印象が強かったのですが、情報を探してみると三重県のパワースポットとしてや縁結びとして有名なようです。

今年の1月にいただいた御朱印です。

御朱印を初めていただいたのが1月2日なので・・・

はじめたてほやほやの御朱印めぐりでした。

初詣の時期でしたので、参拝の方も多く、列に並んで数十分待って参拝した記憶があります。

同じ境内には芸道、芸能の神様の天之鈿女命 (アメノウズメノミコト) も祀られていて、たくさんの芸能人の方の名前を拝見しました。

また「経営の神様」と称えられた松下幸之助翁の御霊をお祀りされています。

参拝を済ませ、社務所にて御朱印をお願いして待っていた際に、同じく御朱印をお願いしていた若い男性の方が2つの御朱印をいただいているのが見えました。巫女さんにおたずねすると、別宮・椿岸神社の御朱印もいたけるとのことでお願いしました。

知識のない私はこの時に、1箇所の社務所でいくつもの御朱印がいただける場合があるんだな~と知り、やはり出かける前の下調べは必要だと思いました^^

~創始の由来~
 
当社は、伊勢平野を見下ろす鈴鹿山系の中央に位置する高山(入道ヶ嶽)短山(椿ヶ嶽)を天然の社として、太古の神代より祭祀されていた「猿田彦大神」の御神霊を、人皇第11代垂仁天皇の御代27年秋8月(西暦紀元前3年)に、「倭姫命」の御神託により、大神御陵の前方「御船磐座」付近に瓊々杵尊・栲幡千々姫命を相殿として社殿を造営し奉斎された日本最古の神社であります。
 
このように社殿創始は垂仁天皇の御宇でありますが、それ以前、悠久の太古、原始人類に信仰の芽生えを見た時、既に大神の尊崇と本社創建の淵源は存したと言わねばなりません。 即ち神話に伝える「天照大神」「猿田彦大神」の時代であります。
 
天孫「瓊々杵尊」降臨の際、猿田彦大神、天の八衢に「道別の神」として出迎え、風貌雄大、超絶した神威を以って恙なく天孫を高千穂の峰に御先導申し上げ、肇国の礎を成したこの大神を、後に倭姫命の御神託により、磯津(鈴鹿川)の川上、高山短山の麓に「椿(道別)大神の社」として奉斎することになったのは、まことに神慮によるものと言うべきでしょう。
 
~公式サイトより~

 


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所在地:〒519-0315三重県鈴鹿市山本町1871番地

御朱印帳の書き損じ からの修正2012/09/07

友人の御朱印のお話。

どちらでいただいたかは伏せておきますが、御朱印をいただきにくることが滅多にないという神社さんでのこと。

宮司さんにあたるその方は、墨書きをしながらたくさんお話しをしてくださったそうです。

すると・・・

勢いで「二十一日」と書く所・・・

思い切って「三」と書いてしまったんです。

御朱印帳の書き損じ

間違ったことを告げずに

咄嗟にさらっと、書きなおしてくださったとのこと(笑)

それがこちら

御朱印帳の書き損じ

御朱印の墨書きの書き損じにショックを受ける方も多いようですが

友人は

「これもまた味があるし(笑)」と言っていました。

神社やお寺のお守りももちろん良いのですが、御朱印帳は神職の方や僧侶の方が自分の為だけに書いてくださる自分だけのお守りと思うので私も同じ考えです。

友人と一緒の神社やお寺でご朱印をいただいて、見せ合いっこするのも楽しみの一つです。

なので、ネット(BLOG、Twitter、mixi)などで他の方がいただいた御朱印を見るのも好きです。

これからもたくさんの御朱印との出会いが楽しみです^^

御朱印帳専門店 Holly Hock(ホリーホック)

八剣宮・上知我麻神社 ご朱印2012/09/05

八剣宮・上知我麻神社

八剣宮・上知我麻神社 御朱印

熱田神宮境内に鎮座する別宮の八剣宮と摂社の上知我麻神社。
正門(南)の左手に社務所もあり、そちらで御朱印がいただけます。
 
■別宮 八剣宮(べつぐうはっけんぐう)
 
元明天皇和銅元年(708)9月9日に勅命により神剣をつくり、境内に社を建てて、祀ったことが創祀です。
 
建築様式をはじめ、年間の祭典・神事に至るまで全て本宮に準じて執り行われます。古来、武家の信仰が殊に篤く、天正3年織田信長は長篠に出兵の際社殿の修造を命じ、又慶長4年家康は拝殿・回廊・築地の修造を、貞享3年将軍綱吉は本殿の造替を行った等の記録が残っております。
 
 
■上知我麻神社(かみちかまじんじゃ)
 
御祭神は乎止與命(おとよのみこと)、御神徳は知恵授け・商売繁盛です。
両脇には両脇に、大国主社(大黒様)、事代主社(恵比須様)がお祀りされています。
毎年1月5日はこの両社の祭「初えびす」があり、商売繁盛・家内安全を願う人々で賑わうそうです。
 
~公式サイトより~
 
知恵授けと商売繁盛の神様にもお参りでき良かったです^^
熱田神宮に参拝に来て、こちらの御朱印をいただけるのを知らなかったので、嬉しかったです。
 


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熱田神宮 ご朱印2012/09/04

熱田神宮 御朱印

熱田神宮 御朱印

今年の春に参拝させていただいた愛知県名古屋市の「熱田神宮」の御朱印です。

熱田神宮は初めてだったのですが、とても広々とした境内は綺麗で爽やかな神社の印象です。

カメラを持っていかなかったので、画質があまりよくないモバイルカメラですが・・・

atsuta-2.jpg

こちらが本宮(熱田大神を奉祀)。

祝日だった為、たくさんの方がお参りにみえていました。

atsuta-3.jpg

本宮向かって右側が授与所。こちらで御朱印をいただきました。

熱田神宮の創祀は、三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の御鎮座に始まります。

第12代景行天皇の御代に、日本武尊(やまとたけるのみこと)は神剣を今の名古屋市緑区大高町火上山に留め置かれたまま三重県亀山市能褒野(のぼの)でなくなられました。

尊のお妃である宮簀媛命(みやすひめのみこと)は、神剣をここ熱田の地にお祀りになられました。

以来、伊勢の神宮につぐ格別に尊いお宮として篤い崇敬をあつめ、延喜式名神大社・勅祭社(※)に列せられ国家鎮護の神宮として特別のお取り扱いを受ける一方、「熱田さま」「宮」と呼ばれ親しまれてきました。

約6万坪の境内には、樹齢千年を越える大楠が緑陰を宿し、宝物館には信仰の歴史を物語るものとして、皇室を初め全国の崇敬者から寄せられた6千余点もの奉納品が収蔵展示されております。

境内外には本宮・別宮外43社が祀られ、主な祭典・神事だけでも年間70余度、昔ながらの尊い手振りのまま今日に伝えられております。

~公式サイトより~

こちらでは、本宮横の授与所にて熱田神宮のご朱印を、そして正門(南)を入ってすぐに上知我麻神社があり、そちらでも御朱印がいただけました。

※こちらは後日、紹介させていただきます。

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★熱田神宮のおまけ★

遠方から熱田神宮に行かれるかたはぜひとも、有名な「ひつまぶし」をご賞味下さい♪

熱田神宮を出たすぐにお店がありました。

この日、初めて「あつた蓬来軒」さんのひつまぶしいただきましたが、とっても美味しかったです^^

蓬来軒 ひつまぶし

 



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所在地:愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-1

御朱印の旅2012/09/02

今はまだ、三重県内の御朱印をひっそりといただいている日々です。

もちろん、全国まわれるなら各地の神社仏閣を訪れて、御朱印をいただきたいと思います。

今、もし行けるなら行きたい、神社、お寺を考えてみました。

※ランキング形式なのも変ですが・・・(笑) 

1位★厳島神社/広島

昔、友達と訪れた広島。

当時、好きなアーティストが広島出身だからという理由で旅行にいきました(笑) 

その時も海を渡り、宮島に行きましたが神社の印象より鹿に追いかけられた記憶が色濃く残っているので、今度は是非きちんと参拝がしたいです。

2位★出雲大社/島根県

こちらは少し時間をかけて行ってみたいです。

「出雲國神仏霊場を巡る旅」というのがあるらしく、

「20社寺に巡拝番号をうち、それに沿って宍道湖・中海を囲む出雲地方を大きく8の字を描いて巡っていただこうという壮大なラウンドルートです。

決して慌てず、急がず、自分のペースで「結ばれたご縁を大切にし、円くつなげて和をつくっていこう」という祈りの心をそれぞれが胸に抱く旅。」
 
と公式サイトに掲載されていました。こちらもぜひ、いつか巡ってみたいものです。
 
3位★京都
 
三重県からはそんなに遠くはないのですが、行きたいところが多すぎて選出できません。
 
過去を振り返ると、京都、奈良はたくさんお寺には行きましたがどちらの御朱印もいただいたことがないので、これからは少しずつ巡って行きたいです。
 
観光で有名なところも、素敵な御朱印で有名なところもたくさん行きたいです。

御朱印帳の使い分け2012/09/01

御朱印収集をはじめた時に悩んだ「神社とお寺、御朱印帳を分けるかどうか。」

最近、当店でも聞かれるようになりました。

私は神社用とお寺用分けています。

特にこだわりがあったわけではないのですが、御朱印や社寺について知識があまりない中で

「神社とお寺のご朱印の感じが違うから」

といった感じでした。

ネットで調べると、混合でも良いという意見も多数。

「いただくところによります。知人がお寺のなのでと断られました。」

というのも見かけました。

人によって、御朱印帳の分け方もいろいろで参考になります。

地元の社寺と、旅行用で分ける方。(地域でわける方)

一の宮専用や霊場巡り別でわける方。

好きな神社やお寺があって、通って同じ御朱印だけいただく用にわける方。

ほんとに様々です。

一箇所に何度も足を運んで、日付の違う同じ御朱印をいただくというのもいいなと思いました。

私も外宮・内宮は行くたびに必ずご朱印をいただこうと思っています。

やっぱり子供の頃から親みのある、神宮は特別な存在です^^

「御朱印帳の分け方」自分だけのこだわりの分け方があれば、ぜひ教えていただきたいです^^

 

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