お寺編

朝熊岳金剛證寺 境内2013/07/03

昨日のブログでご紹介させていただいた朝熊岳金剛證寺、御朱印巡りの続き、少しだけ境内のご紹介です。

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山門(仁王門)をくぐると少し先に池があります。

「連間の池と連珠橋」
 
この池は弘法大師が掘ったと伝えられる。池の中央に架かる橋は連珠橋と呼ばれ、古くは浦田織部藤原長次が願主となって、寛文十二年(西暦一六七二)に建設されたものである。
連珠橋を堺に、此岸(迷いの世界)と彼岸(悟りの世界)が表され、5月中旬から9月にかけて、数百の睡蓮の花が美しい風景を見せます。
 
無数の睡蓮と立派な鯉がたくさん泳いでいました。
一眼レフのカメラで写真を撮りに来られている方もいました^^
 
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池の近くにくるくるまわるお地蔵様発見。
 
厄除け六地蔵尊(重軽地蔵尊)
 
まず、お地蔵様を持ち上げて静かに置きます。次に左へ三回まわしながら、ご真言を三回、「オン カァアァカ ビサンマエイ ソワカ」を唱えます。
 
祈念の後、再度お地蔵様を持ち上げて下さい。最初より軽く感じましたらお願いごとをお聞きとどけてくださいました事になります。
 
やってみました。極々、シンプルなお願いごとだったのですが・・・
回している時に邪念が入ってしまったのか・・・?2度めに持ち上げたお地蔵様は重く感じました(驚)
地道に精進していきます(笑)
 
そして階段を登ると、本堂前。
 
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こちらには寅と丑のがまるで見合っているように配置されています。
とても珍しかったので、近寄って良く見てみました。
 
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智慧寅
 
御本尊虚空蔵大菩薩の広大なお智慧を戴いた寅の像です
安らぎの姿中に一視同仁の慈愛と威徳をお授けする智慧寅にご縁をお結びください
 
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福丑
 
この福丑は頭上に福の神と言われています大黒様を頂いています
一度この福丑に触れれば心清く、意思堅固となり 福徳智慧増進し 身体健康の御利益が授けられます

自分と自分の近しい人の健康を祈って、丑さんをなでなでしてきました^^

ご本尊にお参りした後、御朱印をいただき、奥の院へ。

途中、朱色が鮮やかな明星堂へ。

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明星堂
 
伊勢神宮の鬼門厄除けの為に明星天子を祀り、鎮護している。
明星は日、月、星の三文字によりなり、三光天子とも称され国土安穏智慧成就の仏神を祀る
 
そして、昨日の紹介させていただいた卒塔婆のある極楽門へと続きます。
 
朝熊岳金剛證寺は今の時期も睡蓮が綺麗ですが、きっと紅葉の季節も景色が素晴らしいと思います。
 
「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」
 
ぜひ、訪れてみてください^^
 
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→ 御朱印帳専門店HollyHockはこちらからご来店いただけます。

朝熊岳金剛證寺 ご朱印2013/07/02

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金剛證寺(こんごうしょうじ) 御朱印

『お伊勢参らば朝熊を駆けよ 朝熊駆けねば片参り』
 
と伊勢音頭の一節にも唄われ参宮する人々は当寺に参詣するのが常であったようです。
このお寺は伊勢神宮の鬼門を守るお寺。
姫路の城主・池田輝政公が再建した本堂は国指定有形文化財。
御本尊は日本三大虚空蔵菩薩の一つで、20年に一度の神宮式年遷宮の翌年にご開帳されます。
 
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駐車場から階段を登り、仁王門をくぐります。
 
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本堂の魔尼殿(国の重要文化財)でお参り。
御朱印は中に入って右側に、お寺の方がおられますのでお参り後にいただいてください。
 
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赤い極楽門をくぐり、卒塔婆の道を抜けると延命子安地蔵を祀っておられる奥の院。
卒塔婆というのは、伊勢では、死者の霊は朝熊山から冥土に昇ると信じられていて、葬儀のあとに、奥の院に卒塔婆を建てて供養します。 これを岳参り信仰と呼ばれています。
 
私の祖父母がなくなった時もこちらに卒塔婆を建てました。
塔婆が並ぶ景色は圧巻でその光景を覚えています。
 
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~朝熊岳金剛證寺~
 
正式名:勝峰山 兜率院 金剛證寺
伊勢西国三十三所観音霊場2番札所。
朝熊山経ヶ峯経塚出土品(国宝)
本堂、九鬼嘉隆像他3件(重要文化財)
 
古く欽明天皇の頃、暁台上人によって開かれ、平安時代には弘法大師(空海)によって堂宇が建立され、密教修業の大道場として隆盛を極めました。
その後応永年間(1394~1248年頃)に鎌倉建長寺開山大覚禅師の法孫である仏地禅師(東岳文いく禅師)が法燈の衰微を嘆き再興、以来禅寺に改められ、現在は臨済宗南禅寺派、別格本山であります。
御本尊の福威智満虚空蔵大菩薩は、日本三大虚空蔵菩薩の第一位として広大無辺な福徳・智慧の功徳を有する佛様であります。
 
【本堂】
 
慶長14年(1609年)姫路の城主池田輝政公の寄進により再建されたもので七間六間、一重寄棟造り、向拝三間、檜皮葺の堂々たる巨宇で桃山時代の精華をつくした建物です。
外部は朱漆、内部は金箔押です。伊勢神宮の奥の院ともいわれる如く、御本尊の福威智満虚空蔵菩薩とともに、天照大神をお祀りし神仏習合の思想を表しています。
 
 
朝熊岳金剛證寺は朝熊岳金剛證寺は伊勢志摩スカイラインの山頂付近にあります。
伊勢志摩スカイラインは伊勢から鳥羽に抜けることのできる有料道路です。
季節や行事によって通行できる時間帯が異なりますので、公式サイトをお調べ下さい。
その際に、「割引チケット」をプリントアウトしておくのをお薦めします。
普通自動車の通行料金(1,220円)が(980円)になります^^
 
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遠方からお伊勢参りに来られて鳥羽で宿泊される方は、朝熊岳金剛證寺もお参りください。
伊勢志摩スカイラインを上って、朝熊山の山頂から見える景色はとても綺麗ですのでおすすめです。
 

 


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朝熊岳金剛證寺
三重県伊勢市朝熊町岳548

・近鉄五十鈴川駅からタクシー約20分
・近鉄朝熊駅から登山道経由2時間30分

【京都】清水寺 ご朱印2013/06/07

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音羽山 清水寺 御朱印

先日、ご紹介させていただいた お知り合いNさまの京都で頂いた御朱印その2は「清水の舞台から飛んだつもりで・・・」で有名な清水寺の御朱印です。

清水寺にはこちらの御朱印の他にも、(第12番)本堂の御朱印や(西国三十三所)御詠歌の御朱印、(洛陽三十三観音第10番)善光寺堂の御朱印、(第11番)奥の院の御朱印、(第13番)朝倉堂の御朱印、(第14番)泰産寺の御朱印などがあるようです。

~清水寺について~公式サイトより

清水寺は、京都府京都市東山区清水にある寺院で北法相宗の本山、山号を音羽山。西国観音霊場三十三カ所第16番札所。
 
本尊は千手観音、開基(創立者)は延鎮である。もとは法相宗に属したが、現在は独立して北法相宗大本山を名乗る。西国三十三所観音霊場の第16番札所である。
 
「清水寺」という寺名は、音羽山中より今もなお途切れることなくこんこんと湧き、音羽の滝に流れる霊泉に由来しています。
この霊泉は「すべての人を救う」観音さまのご利益とあわせ、古来より無病息災、立身出世、財福、良縁、子授けといった現世利益を願う善男善女を集め、「清水の観音さん」の名で全国に広く信仰を得てまいりました。
 
開創は宝亀9年(778)、奈良時代の末で、山号は音羽山。宗派は北法相宗です。
「北」は南都・奈良に対して北の京都に立地するという意味をもっています。
東山・音羽山の中腹に広がる13万平方メートルの境内に、国宝、重要文化財を含む15の伽藍が建ち並びます。
そのほとんどが江戸初期の再建であり、平成6年(1994)にユネスコ世界文化遺産「古都京都の文化財」のひとつとして登録されました。

 


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清水寺
〒605-0862 京都府京都市東山区清水1−294

【京都】知恩院 ご朱印2013/05/29

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知恩院(ちおんいん)御朱印

お久しぶりの「ご朱印めぐり」。

実はこちらの御朱印はお知り合いの方が頂いた御朱印で、

「Holly Hockさんの御朱印帳でいただいてきました!」

と見せてくださったもの。あまりにも美しかったので、お写真撮らせていただきました。

Nさまが頂いた御朱印は、法然上人 円光大師25霊場 第25番 浄土宗 総本山 知恩院のご朱印。調べてみると、知恩院にはこの他に「勢至菩薩」、知恩院の御詠歌と3種類の御朱印があります。

その方は三重県から自転車を車に積み込み、到着すると自転車で京都を回ったそうです。

なんか格好良い!!それに混んでいる駐車場をウロウロ探すより合理的でしかも運動にもなる。

素晴らしいです。良いなぁ・・・大きな車+自転車(笑)

でも、京都では観光地を回るのにレンタサイクルとかたくさんあるようですね。

いつかチャレンジしてみたいです^^

~知恩院について~

京都市東山区にある浄土宗の総本山。華頂山大谷寺と号し,知恩教院ともいう。
徳川将軍家から庶民まで広く信仰を集め、今も京都の人々からは親しみを込めて「ちよいんさん」「ちおいんさん」と呼ばれています。
 
浄土宗の宗祖・法然が後半生を過ごし、念仏の教えを説かれたお寺です。
 
江戸時代、元和7年(1621)、二代将軍徳川家忠が三門を建立、また寛永16年(1639)に徳川家光公が御影堂を建立するなどし、現在の寺が形づくられている。
 
現在高台に法然上人の御廟(ごびょう)があり、本殿は御影堂(みえいどう)と称して法然上人像をお祀りしてあります。
 
境内は七万三千坪を誇り、近世初期の建物である三門(さんもん)・経蔵(きょうぞう)・大方丈(おおほうじょう)・小方丈など重要文化財も多く信徒の宿泊・修練道場として和順会館など付帯施設も充実しています。


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知恩院
〒605-8686 京都府京都市東山区林下町400

御朱印帳専門店Holly Hock(ホリーホック)

 

多度観音堂 ご朱印2013/01/09

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多度観音堂 御朱印

多度観音堂は多度大社のお隣にあり、伊勢三十三観音33番札所です。 

人が多かったこともあり、今回は写真が撮れなかったのですが、こじんまりとした温かい感じの「お堂」です。多度大社だけなく、たくさんの方が手をあわせてお参りしていました^^

多度観音堂の御朱印は「多度大社」のご祈祷受付所にていただけます。

私のお連れがいただいた御朱印は「多度観音堂」と墨書きされていました。調べてみるとどちらもあるようです^^

御詠歌 「今迄は親と頼みしおひつるを ぬきて納る鷲のくらにて」

札所番号:第33番
寺院名称:多度観音堂
寺号:多度観音堂
住所:〒511-0106 三重県桑名市多度町多度山下1613
本尊:十一面観音
宗派:真言宗
 

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新春福引イベントの抽選のご案内
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2012/12/28~2013/1/6 の期間中、Holly Hockにて商品をお買い上げいただいたお客様に、「新春福引券」を同梱させていただきました。福引券には番号が記載されております。2013/1/15にサイト上の 「 新春福引キャンペーン会場 」にて抽選を行いますので、当選された方はページ内の当選フォームにてご報告ください。当選された賞品をお送りさせていただきます。

興福寺(東金堂 御詠歌)御朱印④2012/12/20

興福寺-御詠歌.jpg

興福寺 東金堂 御詠歌 御朱印

興福寺でいただいた御朱印、最後は東金堂、西国薬師霊場第四番の御詠歌の御朱印です。

「猿沢の 池のほとけの 寺にはに 瑠璃の光は あまねかりけり」

以前地元でいただいた御詠歌の御朱印はプリントだったので、初の墨書き御詠歌御朱印です。

御詠歌の御朱印も素敵です^^

御詠歌について少し調べましたので、「御詠歌って?」と思われた方はぜひ、ご参考までに。

御詠歌(ご詠歌)とは、仏教音楽の1つ。
 
本来は、西国三十三ヵ所の寺院1つ1つにある、仏の教えや檀家がとるべき規範などを短歌調、つまり五七五七七でまとめ、さらに鈴(りん)・鉦鼓・木柾・木魚などで旋律をつけて歌われる「巡礼歌(順礼歌)」のこと。
 
江戸時代後期ごろから、「弘法大師や上人(高僧)がお詠みになった歌」という意味で「御詠歌」の通称が流行り、それが上方から江戸、さらに諸処の寺院に広まりました。特に「巡礼歌」という名称は西国三十三ヵ所の歌であることを特定しすぎるきらいがあるため、短歌調で歌われる仏教音楽は御詠歌といわれるようになったという。
 
「御詠歌」となって以降、仏教界では葬送歌として歌われるようになり、真言宗・浄土宗・臨済宗・曹洞宗の各宗派ごとに奏法や歌詞が分派していったといわれています。そのため、ある地域では葬式や法要の際に本家や寺院に一族が集い、さながら念仏や読経のように各檀那寺の御詠歌を詠唱する地域もあります。
 
なお、五七調あるいは七五調の詞に曲をつけたものを『和讃』(わさん)と呼び、広い意味では両者を併せて『ご詠歌』として扱います。
 
奈良の御朱印巡りは本日のご紹介を持ちまして終わりです。
 
東大寺も興福寺も全てまわれなかったので、また行ってみたいと思います。
 
願わくば・・・人が少ない時にのんびりとまわりたい・・・そんな贅沢なことを思ってしまいました(笑)
 
 

 

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年末年始の営業日についてご案内させていただきます。

お休み期間中、大変ご不便をお掛けいたしますが何卒ご了承くださいますようお願い申しあげます。
★休業日★2012年12月28日(金)~2013年1月6日(日)★
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2012年12月27日(木)の15時までにご注文いただいた方
2013年1月7日(月)以降
※最終発送日が2012年12月27日(木)になります。お正月に使われる御朱印帳のご注文はお早めに^^
※2012年12月27日15時以降~1月6日の間にご注文いただきました場合、宅配便の指定時間のご選択は1月9日以降の対応になりますのでご注意下さい。
休暇中のお問合せにつきましては1月7日(月)以降に順次対応させていただきます。
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興福寺(世界文化遺産)ご朱印③2012/12/19

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興福寺 世界文化遺産 御朱印

世界文化遺産の御朱印があるんですね。

御朱印集されていない方でも、世界遺産がお好きな方や外国からの観光の方に、この御朱印は素晴らしい記念になるのではないでしょうか^^

こちらも「中金堂」「東金堂」の御朱印をいただいた納経所にていただきました。

右上には「世界文化遺産」の印。墨書きは「令興福力」。

『令興福力』とはどういう意味かと調べてみました。
「福を起こす力を持つお寺となる」という意味だそうで、藤原不比等の父、鎌足が信仰していた『維摩経』(ゆいまきょう)に「福力を興さ令む(ふくりきをおこさしむ)」という経文があり、それが「令興福力」の言葉の由来となっているという説があるようです。
 

興福寺(東金堂)ご朱印②2012/12/17

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興福寺 東金堂 御朱印

こちらの御朱印も東金堂の前の納経所にていただくことができます。

私はこちらの納経所でいただける御朱印をすべてお願いしたので、番号札をいただいて、五重塔などを見物していました。

戻ってみると納経所は長蛇の列で驚きました。

~東金堂について~

 

中金堂(ちゅうこんどう)の東にある金堂で、西向きの建物です。神亀3年に聖武天皇が叔母元正太上天皇の病気全快を願ってお建てになりました。
創建当初は床に緑色のタイルが敷かれ、薬師如来の浄瑠璃光世界がこの世にあらわされていました。以来6度の被災、再建を繰り返し、今の建物は応永22年に再建されました。
 正面7間(25.6m)、側面4間(14.1m)、寄棟(よせむね)造り、本瓦(ほんがわら)葺きの建物で、前面を吹放(ふきはなし)とし、木割(きわり)が太く、奈良時代の雰囲気を伝えます。
堂内には本尊薬師如来像、日光・月光菩薩像(以上いずれも重要文化財)、文殊菩薩像と維摩居士像、四天王像、十二神将像(いずれも国宝)が安置されます。
 
~公式サイトより~

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興福寺(中金堂)ご朱印①2012/12/14

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興福寺 中金堂 御朱印

東大寺と同日に訪れた興福寺の御朱印です。

興福寺の境内もかなり広く、見所がたくさんあるのですが、残念がら時間切れで全て回ることができませんでした。

御朱印は東金堂と五重塔の前辺に納経所があり、そちらでいただくことができました。

興福寺もたくさんのお堂があり、御朱印も1つでなく何種類かあるようです。

私が今回4つの御朱印をいただきました。

~中金堂について~

興福寺には、金堂が3棟ありますが、そのうち中心となる金堂を中金堂と呼びます。
和銅3年(710)の着手、7年の完成で、その創建者は藤原不比等です。
興福寺の縁起類をまとめた『興福寺流記』に中金堂院の規模を、次のように記します。
「金堂一宇 宝字記云 長十二丈四尺 延暦記云 九間十丈五尺云々 広□八尺 延暦記五丈八尺 大小垂木端并高欄用截金銅餝 延暦記高二丈三尺五寸」また堂内には本尊釈迦丈六仏像、脇侍菩薩4躰(十一面観音二躰と薬王、薬上菩薩)、四天王像、さらに2組の弥勒浄土像が安置されていました。この弥勒像のうち古い像は、興福寺創建者藤原不比等の妻橘三千代が、不比等の一周忌にあたる養老5年(721)に造像したと記しています。
 
平成22年に興福寺創建1300年を迎え、平成30年(2018)に中金堂の落慶を目指して計画が練られています。
再建は創建当初の復元を目指し、まず発掘調査の結果に基づいた平面規模と位置の確認を行い、建物の形式と構造・意匠は奈良時代以降の縁起類をまとめた『興福寺流記』、平安時代後期の『七大寺巡礼私記』、中世再建建物の絵画、構造図などの史料を参考に、古代建築史の研究成果に基づいて、興福寺中金堂復元検討委員会で慎重な審議が重ねられました。平成19年(2007)9月に『史跡興福寺旧境内復元検討資料』がまとまり、復元計画案の策定が行われました。
仕様面では古式に則る純木造建築であるため、基本的には奈良時代から現代まで脈々と受け継がれてきた日本建築の伝統的な木工技法を踏襲すると共に、関連するその他の工事の実施にあたっても、出来得る限り古式の工法を採り入れました。
興福寺は度重なる火災後の再建に際しては、創建当初の姿や規模にこだわってきました。それほど保守的で、奈良時代への愛着があったのです。創建当初の図面は伝わっていませんが、記録や発掘調査の結果から、創建当初の中金堂規模は東西36.6m、南北23m、最高高21.2m、寄せ棟造、二重屋根、裳階付きで桁行(東西)9間、梁行(南北)6間の建物です。
平成二十二年(2010)に10月立柱式を終え、落慶は平成三十年(2018)の予定です。
 
~公式サイトより~
興福寺.jpg
 

 

東大寺(戒壇堂)御朱印⑦2012/12/06

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東大寺 戒壇院 御朱印

東大寺での最後の御朱印、「戒壇堂」です。

東大寺では御朱印は7ついただきました。この後に興福寺にもお参りにいきたかったので、時間切れです。

次回訪れた際にはぜひ、他のお堂も行きたいです^^

情報としましては、大仏殿(1種類)、二月堂(1種類)、三月堂(2種類)、四月堂(2種類)、不動堂(1種類)、戒壇堂(1種類)、念仏堂(1種類)、行基堂(1種類)、俊乗堂(3種類)、鐘楼(1種類)、手向山八幡宮(1種類)らしいです。

※平成25年5月下旬頃まで、三月堂(法華堂)は修理のため、拝観停止となっていますので、四月堂で御朱印がいただけます。

東大寺では15もの御朱印がいただけるようです。大仏殿の御朱印の墨書きは、「華厳」「大仏殿」「唯心」などたくさんあるようですので、訪れる楽しみもできました。

三重県からですと、「東大寺の大仏さま」といえば、遠足や小学校の修学旅行のイメージが強いのですが、大人(精神的大人)になってからの東大寺、良いです。

境内の敷地もかなり広いですし、素晴らしい仏像や建造物を拝むことができますので、東大寺おすすめです^^

東大寺-戒壇院.jpg

~戒壇堂について~

県指定の重要文化財の戒壇堂(かいだんどう)。
754年(天平勝宝6)、聖武上皇は光明皇太后らとともに唐から渡来した鑑真(がんじん)から戒を授かり、翌年、日本初の正式な授戒の場として戒壇院を建立しました。
戒壇堂・講堂・僧坊・廻廊などを備えていましたたが、江戸時代までに3度火災で焼失、戒壇堂と千手堂だけが復興されました。
お堂の中央にある塔を守るため、その四隅に土で何層にも塗り重ねてつくられた武将の姿をした四天王が安置されています。
 
~公式サイトより~
 
【おまけ】
 
二月堂から戒壇堂まで歩いた途中でみつけた、鹿についての注意看板。かわいかったのでパチリ。
 
おまけの看板.jpg
 
表現方法がかわいい看板ですが、実際に南大門をぬけた一番にぎやかな辺で、小さなおこさんが雄の鹿に頭でどつかれて、ふっ飛ばされて号泣していましたのでくれぐれも小さな子をお連れの方はお気をつけ下さいませ。
 
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